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Lee-Byung-hun addicted

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『タチュルコヤ』 (4)

『タチュルコヤ』 (4)


「じゃ、行ってくるね」
彼は私に優しくキスをしたあと迎えの車に乗り込んだ。
車が曲がり角を曲がるまで手を振るのが私の日課になっていた。
一月の終わり。
まだ風は冷たいが日差しは春のような朝だった。
いつもより気分がいい気がする。

昼過ぎ。
私は地下鉄江南駅のホームに降り立っていた。
この駅の近く新沙洞に彼の新しいオフィスがある。
今日は・・あいさつ回りと言っていたから事務所に彼はいないかもしれない。
きっと一人で来たというと心配するから好都合だ。

私は両手に箱いっぱいに詰め込まれたイチゴを抱えてオフィスへと向かった。
オフィスの前までたどり着くとパンの焼けるいいにおいがする。
香りは同じビルの一階に入っているベーカリーから漂ってきていた。
ここに新居を決めたのはきっとこの匂いを嗅いだからに違いない。
私は彼がパンを口いっぱいにほおばる姿を想像して笑った。
ガラス張りのビルの壁面にお日様の光が反射して眩しい。
こじんまりしていそうだが出発するにはなかなかいいところかもしれない。
私は入り口のドアを開けた。

「あれ、揺さん。どうしたんですか?お身体大丈夫ですか?今日はビョンホンさんあいにく出てらっしゃいますけど・・・」
事務所に入っていくと以前、彼に紹介してもらった事務所のスタッフが声をかけてくれた。
「こんにちは。ああ、気にしないで下さい。今日は気分が良かったのでお散歩がてら寄っただけですから。これ召し上がってください。お構いなくお仕事続けてくださいね。ちょっと覗いたらすぐ帰りますから。今日来たこと彼には内緒ってことで。」
そういって山ほどのイチゴを手渡した。
「ビョンホンさん、心配症ですもんね。コーヒーぐらい入れますから適当にしていてください。美味しそうだな。ご馳走様です。」
スタッフはニヤッと笑ってイチゴをひとつつまむとそう言って奥の休憩室に消えた。
「ありがとう」私は一言声をかけ窓際のデスクに向かった。
雑然とした机の上。彼らしくて笑ってしまう。
彼は几帳面ではない。神経質でもない。
机の上にはいろいろな資料が無造作に積み重ねられていたがきっと彼はこの中から必要なものを一瞬にして探せるだろう。
彼はそういう人だ。
そんな彼を思いだしながら何気なく机の上に目を落とす。
「キム・ジウン?」
聞きなれた名前を示すハングルが目に留まった。
「・・・・映画の企画書?いい奴・悪い奴・変な奴・・」
私は必死にそこに書かれている文を目で追った。
知らない単語も多くあって内容は充分にわからないが・・新作映画の企画書でソン・ガンホのキャスティングが既に決まっているようだった。
「それですか・・なんですぐにOKしないのか・・僕にはわからないんですけどね」
さっきのスタッフがコーヒーを手渡してくれながら私が目を落としている書類を覗き込んだ。
「ん?どういうことですか」
「いやね。ジウン監督から新作映画のオファーが来てるんですよ。ソン・ガンホssi
とチョン・ウソンssiとのトリプルキャスティングだし。願ってもないいい話なのに
ビョンホンさん、うんって言わないんですよ。毎日その企画書眺めてるだけで。気に入らないんですかね・・・・」
スタッフは怪訝そうに言った。
「そうですか・・・」
「4月にはクランクインだっていうからもうそろそろ決めないといけないんですけどね」
「・・・・・」
彼がOKしない理由・・・原因は私かもしれない。
私は直感的にそう思った。
私が治るまでそばについているという彼の言葉が思い出される。
手に持っていた企画書を見ると何度も目を通しているのがよくわかった。
きっと・・彼はこの作品を気に入っているに違いない。
「揺さん、大丈夫ですか?」
ぼ~っとしている私を心配してスタッフが声をかけてくれた。
「ええ。コーヒーいただきます」
私はそう言ってコーヒーを一口口に含んだ。
味が良くわからない。
ふと窓の外を見るといつの間にか空にはどんよりとした曇が広がっていた。



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